ヒトが生まれるとき、生命が始まる細胞である精子と卵子が結び付いて受精卵となり、分裂を繰り返しながら増えていきますが、初期には胚と呼ばれ、胚の細胞は分裂しながら様々な種類の細胞や組織へ分化して、徐々に成長して胎児となり、最終的に成熟して誕生します。その胚細胞が、成熟したはずの個体の中で何らかの理由で腫瘍になったものを、胚細胞腫瘍と呼びます。胚細胞腫瘍は小児や若い成人まで、あらゆる場所に発生しますが、脳や脊髄に発生するものを中枢神経胚細胞腫瘍(または頭蓋内胚細胞腫瘍)と呼びます。アジア人の思春期の男性に多く発生するという特徴がありますが例外もあります。中枢神経胚細胞腫瘍には何種類もの亜分類があり、一番頻度が高いものがジャーミノーマです。
中枢神経胚細胞腫瘍は、松果体、視床下部、基底核といった特徴的な脳の部位に発生することが多く、脳脊髄液という液体が脳から脊髄に流れる出口を腫瘍が圧迫して、流れをせき止めて水頭症、低身長や大量の尿が出てしまう尿崩症や普通よりも早く思春期が来てしまう思春期早発症などの内分泌症状、ものの見え方がわるくなる症状など、多彩な症状がゆっくりと進行するため、診断までに時間がかかることがあります。MRIなどの画像検査でこの脳腫瘍疑われた場合に、血液中の腫瘍マーカー(AFPとHCG)を測定しすることで、さらに疑いが強まります。多くの場合は、少量の腫瘍を摘出(生検)して顕微鏡で調べる病理診断で確定診断します。
サブタイプごとに治療戦略が異なります。低年齢に多い奇形腫は、原則として腫瘍摘出術を行います。それ以外の腫瘍は、薬物治療(化学療法)と放射線治療への反応が良いため、必ずしも腫瘍摘出にこだわらず、化学放射線治療を先に行うことが一般的です。ジャーミノーマは比較的軽い治療で、それ以外のサブタイプは強い治療を行います。
中枢神経胚細胞腫瘍は、悪性脳腫瘍のなかで最も生存率が高い腫瘍で、とくにジャーミノーマの長期生存率は90%以上です。一方で、多くの長期生存者の中には、腫瘍そのものや治療の影響で、長期にホルモン補充治療が必要となったり、高次機能障害と呼ばれる、記憶力や集中力が低下したり複雑な思考が苦手になり日常生活や社会生活に制約が出る状態になったりする人がいます。
現在JCCGではCNSGCT2021という略称で呼ばれる臨床試験が行われています。この臨床試験では、小児と成人の両方の患者さんを対象として、従来の放射線治療を用いた治療法と、化学療法を強める一方で放射線治療を弱めた治療法の治療成績を比較し、生存率を下げずに長期合併症を減らせないかを検証することを目的にしています。